一ノ谷の戦いの解説
一ノ谷の戦いは、1184年(寿永三年二月七日)に摂津国 一ノ谷で行われた合戦です。断崖を馬で駆け下る義経の鵯越の逆落とし。背後を衝かれた平家は海へ崩れ、若き敦盛が散った。
- 年
- 1184年(寿永三年二月七日)
- 場所
- 摂津国 一ノ谷
- 時代
- 平安時代末
合戦の経過
- 布陣 山と海のあいだ
寿永三年二月。屋島から再起した平家は、福原の旧都に拠り、一ノ谷に堅陣を布いた。北は六甲の険、南は播磨灘。東西の城戸を固めれば、容易には破れぬはずの要害であった。
- 生田口 大手、生田の森
源範頼の大手軍五万が、東の生田の森へ押し寄せる。平知盛の守る城戸は固く、矢は雨のように飛び交った。だが、これは囮。源氏の本当の狙いは、誰も来ぬと信じられた背後にあった。
- 搦手 鵯越へ分け入る
義経は搦手軍を率い、夜のうちに険しい山中へ分け入っていた。地の者に道を問い、平家の本陣を見下ろす鵯越の崖の上に立つ。眼下は、断崖。だが義経は、ここを下ると言い放った。
- 逆落とし 鵯越の逆落とし
「鹿が通うなら馬も通える」。義経はまっ先に馬を崖へ躍らせた。土砂とともに、七十騎が断崖を一気に駆け下りる。まさかの方角から雪崩れ込む白旗に、平家の本陣はたちまち大混乱に陥った。
- 敦盛 海へ、敦盛の最期
挟み撃ちに崩れた平家は、われ先にと沖の船をめざす。汀で熊谷直実に呼び止められた若武者・平敦盛は、わが子と同じ年頃のその首を、泣く泣く討たれた。一ノ谷に、戦の無常が刻まれる。
- 屋島へ 紅旗、沖へ
忠度をはじめ平家の公達が次々と討たれ、生き残った者は船で屋島へと落ちていく。難攻不落と見えた一ノ谷は、ただ一騎の発想で覆された。源平の趨勢は、いよいよ源氏へと傾く。
登場する武将・部隊
よくある質問
- 一ノ谷の戦いとは何ですか?
- 断崖を馬で駆け下る義経の鵯越の逆落とし。背後を衝かれた平家は海へ崩れ、若き敦盛が散った。
- 一ノ谷の戦いはいつ・どこで起きましたか?
- 1184年、摂津国 一ノ谷(寿永三年二月七日)で起きた合戦です。
- 一ノ谷の戦いでは誰が戦いましたか?
- 源氏の源義経、平家の平知盛らが戦いました。
- 一ノ谷の戦いを3Dで見られますか?
- はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。