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大友 ・ 吉弘(大友家臣)

吉弘統幸

よしひろ むねゆき

大友家に仕えた武勇の将で、立花宗茂とも縁が深い。大友家の改易後は浪々の身となったが、関ヶ原に際して旧主・大友義統が挙兵すると、勝ち目の薄い戦と知りつつ主家再興のために馳せ参じた。石垣原の戦いでは先頭に立って黒田如水の軍へ斬り込み、一時これを押し込むほどの奮戦を見せる。だが衆寡敵せず、実相寺山の攻防で討死した。忠義と武勇を兼ね備えたその最期は、敵将如水にも惜しまれたと伝わる。

領国・本拠
豊後
陣営
大友
生没
1564–1600(享年37)

武士の義、ここに尽くさん。

伝・吉弘統幸

生涯

  1. 文禄二年 主家改易 大友家の改易により浪々の身となった。
  2. 慶長五年 石垣原に散る 主家再興に馳せ参じ、黒田勢に斬り込んで討死した。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 石垣原の戦いいしがきばるのたたかい 慶長五年九月十三日 豊後国 石垣原(別府) 大友旧臣の勇将。主家再興に馳せ参じ、先頭で黒田勢へ斬り込んで一時これを押した。だが衆寡敵せず、実相寺山の攻防で討死した。 兵力 4,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 石垣原古戦場(大分・別府)
  • 吉弘神社(大分・杵築)