毛利軍小早川(毛利)
小早川隆景
こばやかわ たかかげ
「毛利両川」
1533–1597(享年65)
- 官位・役職
- 中納言
- 領国・本拠
- 安芸 → 筑前
- 旗印・家紋
- 左三つ巴
- 3Dで見られる合戦
- 2合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
毛利元就の三男として小早川家を継ぎ、兄元春の「武」に対し「智」をもって毛利を支えた。瀬戸内水軍を束ね、厳島の戦いや各地の海戦で活躍する。秀吉の信任厚く、九州征伐後は筑前を与えられ、大老の一人にも数えられた。秀吉の甥秀秋を養子に迎え、毛利本家への累が及ぶのを防いだ深謀でも知られる。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1555弘治元年
厳島の戦い
水軍を率い、陶晴賢を討つ奇襲に加わった。
厳島の戦い 兵 1,500 3Dで見る › 元就の三男にして「両川」の一。村上水軍を呼び寄せ、海手から塔の岡の南面を衝いた。 PR「厳島の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1582天正十年
備中高松城の水攻め
毛利両川の一、智の隆景。秀吉の和睦を受け、本能寺の真相を後に知る。毛利を戦火から救う道を選んだ。
備中国 高松城 兵 10,000 3Dで見る › PR「備中高松城の水攻め」の本を探す楽天で探す
- 1587天正十五年
筑前を領す
秀吉の九州平定後、筑前・筑後を与えられた。
- 1594文禄三年
大老格
秀吉に重んじられ、政権の中枢に列した。