西軍 ・ 小西
小西行長
こにし ゆきなが
「キリシタン大名」
堺の薬種商の子から秀吉に登用され、水軍と兵站を担って肥後宇土を領したキリシタン大名。文禄・慶長の役では先鋒として漢城へ最も早く迫り、和平交渉にも奔走した。関ヶ原では西軍に属して敗北。キリシタンゆえ自刃を拒み、捕えられて六条河原で斬られた。
- 異名
- 「キリシタン大名」
- 官位・役職
- 摂津守
- 領国・本拠
- 肥後宇土
- 旗印・家紋
- 中結祇園守
- 陣営
- 西軍
- 生没
- 生年不詳–1600
生涯
- 天正十六年 肥後宇土 秀吉に肥後南半を与えられ、宇土を本拠とした。
- 文禄元年 朝鮮の先鋒 釜山から漢城へ最も早く攻め上り、和平にも動いた。
- 慶長五年 関ヶ原と最期 西軍に属して敗れ、信仰ゆえ自刃せず斬られた。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 宇土城跡(熊本)
- 関ヶ原古戦場