豊臣 ・ 杉原 → 豊臣
寧々(ねね)
ねね
「北政所」
尾張の武家・杉原氏の娘で、まだ木下藤吉郎と名乗った足軽時代の秀吉と、恋愛の末に結ばれたと伝わる。子はなかったが、加藤清正・福島正則ら秀吉子飼いの武将を我が子のように育て、その信望は厚かった。秀吉の出世とともに「北政所」と称され、朝廷から高い位を賜る。天下人の妻として大坂城の奥を束ねたが、秀吉の死後は淀殿と距離を置き、京に移って「高台院」と号した。大坂の陣で豊臣家が滅んだ後も生き、その菩提を静かに弔い続けた。
- 異名
- 「北政所」
- 官位・役職
- 従一位(高台院)
- 領国・本拠
- 大坂 → 京
- 旗印・家紋
- 五七桐
- 陣営
- 豊臣
- 生没
- 1548–1624(享年77)
生涯
- 永禄四年 藤吉郎に嫁ぐ 足軽・木下藤吉郎(秀吉)と恋愛の末に結ばれた。
- 天正十三年 北政所 秀吉の関白就任に伴い、朝廷から高い位を受けた。
- 慶長三年 秀吉の死 夫の死後、髪を下ろして高台院と号した。
- 寛永元年 京に没す 大坂落城の後も生き、豊臣家の菩提を弔った。
この絵巻での足跡
この武将が登場する合戦は、これから追加されます。
ゆかりの地
- 高台寺(京都)
- 大阪城(大阪)