武田軍 ・ 飯富
飯富虎昌
おぶ とらまさ
「甲山の猛虎 / 赤備えの祖」
信虎・信玄二代に仕えた武田の宿老で、その武勇から「甲山の猛虎」と称された。朱で統一した精鋭「赤備え」を率いて戦場で恐れられ、これが弟山県昌景から井伊へと受け継がれる武田赤備えの源流となった。だが信玄の嫡男義信の傅役だった縁から義信謀反事件に連座し、自刃して果てた。
- 異名
- 「甲山の猛虎 / 赤備えの祖」
- 官位・役職
- 兵部少輔
- 領国・本拠
- 甲斐
- 旗印・家紋
- 赤備え
- 陣営
- 武田軍
- 生没
- 1504–1565(享年62)
生涯
- 天文二十二年 川中島 武田の先鋒として上杉勢と渡り合った。
- 永禄四年 赤備えの武威 朱の精鋭を率い、その武名を天下に轟かせた。
- 永禄八年 義信事件 嫡男義信の謀反に連座し、自刃して果てた。