西軍 ・ 大谷
大谷吉継
おおたに よしつぐ
「義の盟友」
秀吉に「百万の軍勢を率いさせてみたい」と将才を惜しまれた吏僚にして武人。業病に冒され視力を失いながらも、盟友石田三成の挙兵に、勝ち目の薄さを承知で義によって与した。関ヶ原では松尾山の小早川の寝返りを予期して備えたが、四隊の追従までは支えきれず、陣を枕に自刃した。
- 異名
- 「義の盟友」
- 官位・役職
- 刑部少輔
- 領国・本拠
- 越前敦賀
- 旗印・家紋
- 対い蝶
- 陣営
- 西軍
- 生没
- 生年不詳–1600
生涯
- 天正十一年 秀吉の吏僚 賤ヶ岳の後、三成らと並ぶ奉行として頭角を現した。
- 慶長五年 義によって挙兵 勝算薄きを知りつつ、友三成のため西軍に身を投じた。
- 慶長五年 関ヶ原に散る 小早川らの寝返りに陣を崩され、自刃して果てた。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 敦賀(福井)
- 関ヶ原古戦場・大谷吉継墓