島津軍島津
島津家久
しまづ いえひさ
「釣り野伏せの名手」
1547–1587(享年41)
- 官位・役職
- 中務大輔
- 領国・本拠
- 薩摩・日向
- 旗印・家紋
- 丸に十字
- 3Dで見られる合戦
- 3合戦
島津四兄弟の末弟で、軍法戦術の妙において兄弟随一と謳われた。得意の「釣り野伏せ」で寡兵をもって大軍を翻弄し、沖田畷では五州二島の太守・龍造寺隆信を討ち取る。九州征伐に際しても戸次川で豊臣方を大破した。だが九州平定の直後、若くして急死した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1578天正六年
耳川の戦い
兄たちとともに大友の大軍を釣り野伏せに沈めた。
耳川の戦い 兵 3,000 3Dで見る › 「軍法戦術に妙を得たり」と評された末弟。西の丘に潜み、伏兵の左翼を率いて躍り出た。 PR「耳川の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1584天正十二年
沖田畷
龍造寺隆信を泥田の罠に誘い込み、討ち取った。
沖田畷の戦い 総大将 兵 3,000 3Dで見る › 島津四兄弟の末弟にして釣り野伏せの名手。みずから囮となって退き、龍造寺の大軍を畷の罠へ引き込んだ。 PR「沖田畷の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1586天正十四年
戸次川の戦い
豊臣方を釣り野伏せで大破し、武名を轟かせた。
戸次川の戦い 総大将 兵 4,000 3Dで見る › 島津四兄弟の末弟で、釣り野伏せの名手。鶴賀城を囲んだまま救援の四国勢を戸次川のほとりに誘い込み、伏兵と本隊で三方から包んで打ち破った。 PR「戸次川の戦い」の本を探す楽天で探す