上杉軍上杉(長尾)
上杉景勝
うえすぎ かげかつ
「五大老」
1556–1623(享年68)
- 官位・役職
- 中納言
- 領国・本拠
- 越後 → 会津 → 米沢
- 旗印・家紋
- 上杉笹
- 3Dで見られる合戦
- 3合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
謙信の養子(姉の子)で、御館の乱を制して上杉家を継いだ。生涯に数えるほどしか笑わなかったと伝わる寡黙剛毅の将。秀吉に従って五大老に列し、会津百二十万石を領する。秀吉没後、家康の上洛要求を直江兼続の「直江状」で拒み、これが関ヶ原の直接の引き金となった。敗後は米沢三十万石に減じられても家を守り抜いた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1577天正五年
- 1578天正六年
御館の乱
家督を争う内乱を制し、上杉家の当主となった。
- 1590天正十八年
- 1598慶長三年
会津百二十万石
秀吉に転封され、五大老の一人として重きをなした。
- 1600慶長五年
関ヶ原の引き金
直江状で家康に抗し、東西対決の発端となった。
- 1601慶長六年
米沢へ
戦後に減封されるも、米沢で家名を保ち続けた。
- 1614慶長十九年