宇喜多秀家の肖像

西軍宇喜多

宇喜多秀家

うきた ひでいえ

「五大老の最年少ごたいろうのさいねんしょう」

1572–1655(享年84)

官位・役職
中納言ちゅうなごん
領国・本拠
備前岡山
旗印・家紋
「児」文字
3Dで見られる合戦
1合戦

肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

父直家の死後に幼くして家督を継ぎ、秀吉の猶子として寵愛を受けて五大老に列した。関ヶ原では一万七千の西軍最大の一隊を率い、福島正則と一日激闘を演じる。敗れて薩摩へ落ち、のち八丈島へ流された。配流の身ながら八十四歳まで生き、関ヶ原の生き証人として長い余生を送った。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1582天正十年

    家督相続

    父直家の死により、幼くして宇喜多家を継いだ。

  2. 1597慶長二年

    五大老

    秀吉の信任厚く、最年少で五大老の一人に列した。

  3. 1600慶長五年
  4. 1606慶長十一年

    八丈島へ

    流刑となり、以後五十年を八丈島で生き抜いた。

ゆかりの地

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