河越城の戦いの解説
河越城の戦いは、1546年(天文十五年)に武蔵国 河越城で行われた合戦です。北条綱成の籠る河越城を、上杉憲政・上杉朝定・古河公方足利晴氏の連合軍八万が包囲。救援に駆けつけた北条氏康はわずか八千で、和睦と敗走を装って敵の油断を誘い、深夜に奇襲を敢行した。連合軍は総崩れとなって扇谷上杉は滅び、桶狭間・厳島と並ぶ「日本三大奇襲」の一つに数えられる。
- 年
- 1546年(天文十五年)
- 場所
- 武蔵国 河越城
- 時代
- 戦国時代
合戦の経過
- 包囲 八万、城を囲む
天文十四年以来、扇谷上杉朝定・山内上杉憲政・古河公方足利晴氏の連合軍八万が、北条方の河越城を幾重にも囲んでいた。城を守るは北条綱成、わずか三千。半年に及ぶ籠城であった。
- 来援 氏康、へりくだる
小田原の北条氏康が救援に駆けつける。だがその兵は八千。十倍の敵を前に、氏康は正面からの決戦を避け、へりくだった和睦の使者を送り、時に敗走を装って、敵の慢心を誘った。
- 油断 緩む大軍
長陣と圧倒的な数、そして氏康の弱腰。連合軍にはいつしか慢心が広がっていた。夜ごとの酒宴、緩みきった備え――もはや勝ったも同然と、大軍は深い眠りへ落ちていく。
- 夜襲 首を取るな、駆けよ
四月二十日、深夜。氏康は全軍に「首を取るな、ただ駆けよ」と命じ、軽装のまま連合軍へなだれ込んだ。時を同じくして綱成も城門を開き、「勝った、勝った」と喊声を上げて打って出る。挟撃であった。
- 崩壊 闇の総崩れ
不意を突かれた大軍は、闇の中で同士討ちを起こしながら総崩れとなった。扇谷上杉朝定は乱戦に討死し、名家・扇谷上杉はここに滅ぶ。難波田憲重も、闇の井戸に落ちて果てたと伝わる。
- 夜明け 三大奇襲の夜
山内上杉憲政も古河公方晴氏も、命からがら戦場を後にした。八千が八万を破ったこの夜戦は、桶狭間・厳島と並ぶ「日本三大奇襲」の一つに数えられ、北条の関東制覇を決定づけた。
登場する武将・部隊
よくある質問
- 河越城の戦いとは何ですか?
- 北条綱成の籠る河越城を、上杉憲政・上杉朝定・古河公方足利晴氏の連合軍八万が包囲。救援に駆けつけた北条氏康はわずか八千で、和睦と敗走を装って敵の油断を誘い、深夜に奇襲を敢行した。連合軍は総崩れとなって扇谷上杉は滅び、桶狭間・厳島と並ぶ「日本三大奇襲」の一つに数えられる。
- 河越城の戦いはいつ・どこで起きましたか?
- 1546年、武蔵国 河越城(天文十五年)で起きた合戦です。
- 河越城の戦いでは誰が戦いましたか?
- 北条方の北条氏康らが戦いました。
- 河越城の戦いを3Dで見られますか?
- はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。