別所軍 ・ 別所
別所長治
べっしょ ながはる
東播磨に勢力を張った名族別所氏の当主で、三木城を本拠とした。当初は織田方に属したが、天正六年に離反して毛利方につき、周辺の反織田勢力を糾合する。これに対し羽柴秀吉は三木城を幾重にも包囲し、兵糧の道を断つ「三木の干殺し」と呼ばれる徹底した攻めを敷いた。長治は二年近くも籠城に耐えたが、ついに力尽き、城兵すべての助命を条件に、一族とともに二十三年の生涯を自刃して閉じた。
- 領国・本拠
- 東播磨(三木城)
- 陣営
- 別所軍
- 生没
- 1558–1580(享年23)
今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我が身とおもへば
別所長治 辞世
生涯
- 天正六年 織田から離反 毛利方につき、三木城に籠って反織田の兵を挙げた。
- 天正八年 三木城開城 二年に及ぶ干殺しの末、城兵の助命と引き換えに一族とともに自刃した。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 三木城跡(兵庫・三木)
- 雲龍寺(兵庫・三木)