今川軍今川
今川義元
いまがわ よしもと
「海道一の弓取り」
1519–1560(享年42)
- 官位・役職
- 治部大輔
- 領国・本拠
- 駿河・遠江・三河
- 旗印・家紋
- 今川赤鳥
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
都に旗を立てんは、今川が世の習い。
伝・今川義元
駿河・遠江・三河を領した東海の太守。軍師太原雪斎を擁して内政・外交を整え、武田・北条と三国同盟を結んで後顧の憂いを断った。大軍を率いて西上の途に就くも、桶狭間で織田信長の奇襲を受け、本陣を突かれて討死。その死は戦国の勢力図を一変させた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1554天文二十三年
甲相駿三国同盟
武田・北条と同盟を結び、西進の備えを固めた。
- 1560永禄三年
西上開始
二万五千ともいう大軍を率い、尾張へ向け進発した。
- 1560永禄三年
桶狭間に斃る
桶狭間で信長の奇襲を受け、本陣を突かれて討死した。
桶狭間の戦い 総大将 兵 5,000 3Dで見る › 二万五千を率いて上洛の途につき、桶狭間山で昼の酒宴を開いたところを急襲され討死した。 PR『国盗り物語』司馬遼太郎Amazonで見る