徳川軍石川
石川数正
いしかわ かずまさ
「徳川の出奔者」
1533–1593(享年61)
- 官位・役職
- 伯耆守
- 領国・本拠
- 三河 → 信濃松本
- 旗印・家紋
- 笹竜胆
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
家康が今川の人質だった頃から仕えた最古参の重臣で、酒井忠次と東西の旗頭を分け合った。三方ヶ原をはじめ多くの戦に従い、外交では対織田・対豊臣の交渉を一手に担う。だが小牧・長久手の後、突如出奔して秀吉に仕え、徳川の軍機を知る重臣の離反は家中を震撼させた。信濃松本を与えられ、松本城の礎を築いた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1573元亀三年
三方ヶ原
家康の宿老として武田勢との激戦を戦った。
三方ヶ原の戦い 兵 1,500 3Dで見る › 鶴翼の左翼を支えた家老。崩壊後は家康を逃すべく踏みとどまり、命からがら城へ帰った。 PR「三方ヶ原の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1585天正十三年
出奔
突如徳川を去り、豊臣秀吉のもとへ走った。
- 1590天正十八年
松本城
信濃松本を与えられ、近世城郭の礎を築いた。