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徳川軍 ・ 石川

石川数正

いしかわ かずまさ

徳川の出奔者とくがわのしゅっぽんしゃ

家康が今川の人質だった頃から仕えた最古参の重臣で、酒井忠次と東西の旗頭を分け合った。三方ヶ原をはじめ多くの戦に従い、外交では対織田・対豊臣の交渉を一手に担う。だが小牧・長久手の後、突如出奔して秀吉に仕え、徳川の軍機を知る重臣の離反は家中を震撼させた。信濃松本を与えられ、松本城の礎を築いた。

異名
「徳川の出奔者」
官位・役職
伯耆守ほうきのかみ
領国・本拠
三河 → 信濃松本
旗印・家紋
笹竜胆
陣営
徳川軍
生没
1533–1593(享年61)

生涯

  1. 元亀三年 三方ヶ原 家康の宿老として武田勢との激戦を戦った。
  2. 天正十三年 出奔 突如徳川を去り、豊臣秀吉のもとへ走った。
  3. 天正十八年 松本城 信濃松本を与えられ、近世城郭の礎を築いた。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 三方ヶ原の戦いみかたがはらのたたかい 元亀三年十二月二十二日 遠江国 三方ヶ原 鶴翼の左翼を支えた家老。崩壊後は家康を逃すべく踏みとどまり、命からがら城へ帰った。 兵力 1,500名 観る ▸

ゆかりの地

  • 松本城