孫劉連合軍姜(蜀)
姜維
きょうい
「天水の麒麟児」
202–264(享年63)
- 官位・役職
- 大将軍
- 領国・本拠
- 蜀漢
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
元は魏の天水郡の将だったが、諸葛亮の北伐の際に蜀へ降り、その才を見込まれて兵法を授けられた。亮の死後はその遺志を継いで幾度も北伐を敢行する。蜀の降伏後も鍾会をそそのかして再興を図るが露見し、乱の中に斬られた。最後まで漢の再興を諦めなかった。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 228建興六年
蜀へ降る
諸葛亮の北伐の際に蜀へ帰順し、その将来を託された。
- 234建興十二年
五丈原
諸葛亮の最後の陣に従い、その死後の撤退を支えた。
五丈原の戦い 兵 5,000 3Dで見る › 諸葛亮の衣鉢を継ぐ将。丞相の死を秘して整然と退き、木像の計で司馬懿を退けた。 PR『三国志』吉川英治Amazonで見る
- 263景元四年
蜀の滅亡
剣閣に鍾会を防ぐも、鄧艾の別働隊に成都を落とされた。
- 264咸熙元年
最後の謀
降将を装って再興を図るが露見し、乱中に斬られた。