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明智軍 ・ 斎藤

斎藤利三

さいとう としみつ

明智の柱石あけちのちゅうせき

美濃の出で、稲葉一鉄のもとを離れて明智光秀の筆頭家老となった。光秀の信任厚く、本能寺の変では先鋒として中心的役割を担ったとされる。だが山崎に敗れて捕えられ、京で処刑された。その娘は後に三代将軍家光の乳母「春日局」として大奥に権勢を振るい、父の名を後世に伝えた。

異名
「明智の柱石」
官位・役職
内蔵助くらのすけ
領国・本拠
丹波
陣営
明智軍
生没
1534–1582(享年49)

生涯

  1. 天正十年 本能寺の変 光秀の筆頭家老として、信長急襲の先陣を担った。
  2. 天正十年 山崎の敗北 秀吉に敗れて捕えられ、京で処刑された。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 山崎の戦いやまざきのたたかい 天正十年六月十三日 山城国 山崎 明智軍最強の家老。本能寺でも先鋒を務めた男は、山崎でも最後まで戦線を支えた。 兵力 5,000名 観る ▸
  2. 本能寺の変ほんのうじのへん 天正十年六月二日 山城国 京・本能寺 明智の筆頭家老。本能寺攻めの先手を率い、南の門から塀を破って御堂へ攻め入った。 兵力 4,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 本能寺(京都)