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徳川軍 ・ 榊原

榊原康政

さかきばら やすまさ

徳川四天王とくがわしてんのう

家康に小姓として仕え、三河一向一揆で初陣を飾って以来、四天王の一人として数々の戦の先陣を担った。「無」の一字の旗印で知られる。小牧・長久手では秀吉の出自を突く檄文を撒いて激怒させたが、後に和睦するとその武を讃えられたと伝わる。徳川の世に上野館林十万石を領した。

異名
「徳川四天王」
官位・役職
式部大輔しきぶのたいふ
領国・本拠
上野館林
旗印・家紋
源氏車
陣営
徳川軍
生没
1548–1606(享年59)

生涯

  1. 永禄六年 三河一揆 一向一揆との戦いで初陣を飾り、家康に認められた。
  2. 元亀元年 姉川の戦い 徳川勢として朝倉勢と戦い、武功を重ねた。
  3. 天正十二年 小牧・長久手 秀吉を弾劾する檄文を発し、長久手に戦功を立てた。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 姉川の戦いあねがわのたたかい 元亀元年六月二十八日 近江国 姉川 徳川の若武者。朝倉勢の側面へ大きく回り込み、その陣形を裂いて崩壊の口火を切った。 兵力 1,500名 観る ▸

ゆかりの地

  • 館林城跡(群馬)