武田軍武田
武田信繁
たけだ のぶしげ
「典厩 / 武田の副将」
1525–1561(享年37)
- 官位・役職
- 左馬助(典厩)
- 領国・本拠
- 甲斐
- 旗印・家紋
- 武田菱
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
信玄の同母弟。父信虎は弟の信繁を偏愛したが、兄を立てて副将に徹し、武田家中の信望を一身に集めた。子へ宛てた「信繁家訓」は後世の手本とされた。第四次川中島で上杉勢が本陣に迫ると、兄を守るべく自ら敵中に踏みとどまり、壮烈な討死を遂げた。その死は武田の損失として長く惜しまれた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1547天文十六年
副将として
兄信玄を支える副将として信濃攻略に従った。
- 1558永禄元年
信繁家訓
子へ宛てた九十九箇条の家訓を遺した。
- 1561永禄四年
川中島に散る
第四次川中島で本陣を守り、壮烈な討死を遂げた。
第四次川中島の戦い 兵 1,500 3Dで見る › 信玄の弟にして武田の副将「典厩」。崩れる前線を支えて奮戦し、討死した。 PR『武田信玄』新田次郎Amazonで見る