徳川軍 ・ 徳川
徳川秀忠
とくがわ ひでただ
「江戸幕府二代将軍」
家康の後継者として二代将軍を継いだ。関ヶ原では中山道を進む別働隊を率いたが、真田昌幸の上田城に足止めされて決戦に遅参し、生涯の汚名となる。だが将軍となってからは武家諸法度の整備、大坂の陣による豊臣の滅亡、諸大名の統制と、堅実に徳川の体制を固め、泰平の土台を築いた。
- 異名
- 「江戸幕府二代将軍」
- 官位・役職
- 征夷大将軍
- 領国・本拠
- 江戸
- 旗印・家紋
- 三つ葉葵
- 陣営
- 徳川軍
- 生没
- 1579–1632(享年54)
生涯
- 慶長五年 関ヶ原に遅参 上田城の真田に足止めされ、決戦に間に合わなかった。
- 慶長十年 二代将軍 家康から将軍職を譲られ、徳川の世襲を内外に示した。
- 慶長二十年 大坂夏の陣 豊臣家を滅ぼし、武家諸法度で大名を律した。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 江戸城
- 増上寺(東京)