孫劉連合軍 ・ 魏(蜀)
魏延
ぎえん
「反骨の将」
劉備の入蜀に従って頭角を現し、要衝・漢中の太守という重職を任された勇将。北伐では長安を奇襲する「子午の計」を進言したが、慎重な諸葛亮は容れなかった。亮の死後、後事をめぐって楊儀と対立し、謀反を疑われて討たれた。その武勇と「反骨」の評は今に語り継がれる。
- 異名
- 「反骨の将」
- 官位・役職
- 征西大将軍 / 南鄭侯
- 領国・本拠
- 蜀漢
- 陣営
- 孫劉連合軍
- 生没
- 生年不詳–234
生涯
- 建安二十四年 漢中太守 劉備に抜擢され、要衝漢中の守りを任された。
- 建興六年 子午の計 長安を奇襲する策を唱えるも、諸葛亮に退けられた。
- 建興十二年 五丈原の後 諸葛亮の死後、楊儀と争って敗れ、討ち取られた。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 漢中(中国)