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四国攻め

天正十三年

午前6:00 上陸
東軍 西軍 寝返り

四国攻め
合戦データを読み込み中

四国攻めしこくぜめの解説

四国攻めは、1585年(天正十三年)に阿波国 一宮城で行われた合戦です。羽柴秀長を総大将に、豊臣の大軍が三方から四国へ渡る。阿波の一宮城を落とされた長宗我部元親は抗しきれず降り、四国は平定された。

年
1585年天正十三年
場所
阿波国 一宮城
時代
安土桃山時代

両軍の対陣

長宗我部軍 総大将長宗我部元親 17,0004隊
羽柴軍 総大将羽柴秀長 65,0004隊

兵力の内訳3Dに登場する部隊の合計

長宗我部軍

本陣 8,000戦った 9,000

羽柴軍

戦った 65,000

長宗我部軍兵の多い順

羽柴軍兵の多い順

肖像画は Wikimedia Commons のパブリックドメインの画像です(後世に描かれた想像図を含みます)。

大河『豊臣兄弟!』での四国攻め

第36回「姫若子と鬼若子」

2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、第36回「姫若子と鬼若子」(9月20日放送)が、この四国攻めのころを舞台にしている。「姫若子」は、おとなしかった少年時代の長宗我部元親につけられたあだ名と伝わり、初陣で武勇を示してからは「鬼若子」と呼ばれたという。その元親が一代で手にした四国の覇権に、天下人・秀吉が大軍を差し向けた。

天正十三年六月、総大将を任されたのは秀吉ではなく、弟の羽柴秀長だった。秀長の率いる六万は淡路から鳴門の海を越えて阿波へ渡り、讃岐からは宇喜多勢、伊予からは小早川勢が攻め入る。秀長は長宗我部方の一宮城を五万で幾重にも囲み、水の手を断って、城を少しずつ追い詰めていった。

一宮危うしの報に、元親は天下の大軍には抗しきれないと悟って降り、土佐一国を安堵されて秀吉に従った。兄に代わって大軍を率い、わずか数か月で四国を平定したこの戦いは、のちに「天下一の補佐役」と呼ばれる秀長の手腕を示す一戦となった。三方から四国へ渡る豊臣の大軍と一宮城の攻防を、3Dでたどりたい。

合戦の経過時刻は3Dの時計

  1. 天正十三年 六月1章

    上陸阿波へ渡る

    天正十三年六月、天下人秀吉は四国へ大軍を放った。総大将は弟・羽柴秀長。六万の兵が淡路から鳴門の渦潮を越え、阿波の浜に上陸する。讃岐へ宇喜多、伊予へ小早川――四国は三方から攻め立てられた。

  2. 天正十三年 六月2章

    進軍一宮へ迫る

    木津・岩倉の城を瞬く間に抜き、秀長は長宗我部の主力が立て籠もる一宮城へと兵を進めた。

  3. 七月3章

    包囲一宮城を囲む

    一宮城を、秀長の五万が幾重にも取り巻く。守る城兵はわずか五千。衆寡の隔たりは、あまりにも大きかった。

  4. 七月4章

    攻防水の手を断つ

    城兵は一領具足の意地を見せ、幾度も寄手をはね返す。だが秀長は焦らず、水の手を切り、補給の道を一つずつ塞いでいった。

  5. 閏八月5章

    決断土佐の出来人、悟る

    白地城の長宗我部元親に、一宮危うしの報が次々と届く。一代で四国を統べた「土佐の出来人」も、天下の大軍の前には抗しきれぬと悟った。

  6. 閏八月 末6章

    降伏四国、平定なる

    元親は剃髪して降を請うた。土佐一国を安堵されて秀吉に臣従。四国を統べる長宗我部の夢は、わずか数月の戦いで潰えた。

超精密3Dで見ると合戦パスの特典

四国攻めの3D(標準の画質)
四国攻め(超精密3D)

同じ場面を、標準の画質と超精密3Dで並べました。線を左右に動かして見比べられ、「引き」と「接近」で見え方を切り替えられます。超精密3Dでは、山肌の尾根と谷、3Dの森と岩、海や川の水面、田畑の筋、人の姿の兵まで精密に描きます。各合戦の1章目は、合戦パスが無くても超精密3Dで見られます。

よくある質問

四国攻めとは何ですか?

羽柴秀長を総大将に、豊臣の大軍が三方から四国へ渡る。阿波の一宮城を落とされた長宗我部元親は抗しきれず降り、四国は平定された。

四国攻めの読み方は?

「しこくぜめ」と読みます。

四国攻めはいつ・どこで起きましたか?

1585年、阿波国 一宮城(天正十三年)で起きた合戦です。

四国攻めでは誰が戦いましたか?

羽柴軍の羽柴秀長、長宗我部軍の長宗我部元親らが戦いました。

四国攻めを3Dで見られますか?

はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。

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