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豊臣 ・ 宮部

宮部継潤

みやべ けいじゅん

比叡山の僧兵から身を起こし、浅井氏を経て羽柴秀吉に仕えた異色の武将。中国攻めで武功を重ね、因幡鳥取城を任される。天正十五年の九州攻めでは豊臣秀長の日向方面軍に属し、要地・根白坂の砦を預かった。島津義弘・家久の得意とする夜襲を、鉄砲を撃ち重ねて一歩も退かず守り抜き、豊臣軍の勝利=島津降伏を決定づけた。剃髪して法印を称した。

官位・役職
法印
領国・本拠
因幡鳥取
陣営
豊臣
生没
1528–1599(享年72)

生涯

  1. 天正九年 鳥取城主 中国攻めの功で因幡鳥取城を預かった。
  2. 天正十五年 根白坂の死守 島津の夜襲を砦に守り抜き、九州平定を決定づけた。
  3. 慶長四年 豊臣政権の宿老の一人として世を去った。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 根白坂の戦いねじろざかのたたかい 天正十五年四月十七日 日向国 児湯郡(根白坂) 根白坂の砦を預かった老将。島津の猛烈な夜襲に一歩も退かず、鉄砲を撃ち重ねて柵を守り抜いた。この死守が勝敗を分けた。 兵力 3,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 鳥取城跡(鳥取)