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根白坂の戦い

天正十五年四月十七日

午前6:00 布陣
東軍 西軍 寝返り

根白坂の戦い
合戦データを読み込み中

根白坂の戦いねじろざかのたたかいの解説

根白坂の戦いは、1587年(天正十五年四月十七日)に日向国 児湯郡(根白坂)で行われた合戦です。九州攻めの最終盤、島津義弘らの夜襲を豊臣秀長の大軍が根白坂に撃退。島津の降伏を決定づけ、秀吉の九州平定を成した一戦。

1587年(天正十五年四月十七日)
場所
日向国 児湯郡(根白坂)
時代
安土桃山時代

合戦の経過

  1. 布陣 根白坂を塞ぐ

    天正十五年、秀吉の九州攻めは最終盤。弟・豊臣秀長率いる日向方面軍が島津方の高城を囲み、救援路にあたる根白坂へ砦を築いて塞いだ。守将は宮部継潤。

  2. 来援 島津、北上す

    高城の危急を知った島津義弘・家久が、救援のため夜陰にまぎれて北上した。「釣り野伏せ」で大友・龍造寺を屠ってきた島津は、ここでも夜襲による一挙突破を狙う。

  3. 夜襲 闇を衝く突撃

    深夜、島津勢が根白坂の砦へ殺到した。得意の急襲に豊臣方の柵は破られかけ、闇の中で凄絶な白兵戦が始まる。島津忠隣が先頭を駆け、柵際で討死した。

  4. 死守 宮部、砦を守る

    砦を預かる宮部継潤は一歩も退かなかった。鉄砲を撃ち重ね、破られた柵を身をもって塞ぐ。夜通しの猛攻を、豊臣方は歯を食いしばって耐え抜いた。

  5. 反撃 払暁の逆襲

    夜襲が頓挫し島津の勢いが鈍ると、秀長は好機と見て本隊を押し出した。藤堂高虎ら諸将が払暁の砦から打って出て、疲れた島津勢を押し返していく。

  6. 敗走 島津、退く

    一挙突破の目論見は潰え、島津勢は多くの将兵を失って南へ退いた。頼みの綱を断たれた高城もほどなく開城する。九州の覇者・島津の攻勢は、ここで完全に止まった。

  7. 降伏 九州、平定なる

    根白坂の敗報は島津本国を震わせた。当主義久は剃髪して秀吉に降り、九州平定が成る。総大将としてこの一戦を制した秀長の武名は、いよいよ高まった。

登場する武将・部隊

よくある質問

根白坂の戦いとは何ですか?
九州攻めの最終盤、島津義弘らの夜襲を豊臣秀長の大軍が根白坂に撃退。島津の降伏を決定づけ、秀吉の九州平定を成した一戦。
根白坂の戦いはいつ・どこで起きましたか?
1587年、日向国 児湯郡(根白坂)(天正十五年四月十七日)で起きた合戦です。
根白坂の戦いでは誰が戦いましたか?
豊臣軍の豊臣秀長、島津軍の島津義弘らが戦いました。
根白坂の戦いを3Dで見られますか?
はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。