真田真田
真田信之(信幸)
さなだ のぶゆき
「信濃の獅子」
1566–1658(享年93)
- 官位・役職
- 伊豆守
- 領国・本拠
- 上野沼田 → 信濃上田 → 信濃松代
- 旗印・家紋
- 六文銭
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
何事も 移ればかわる 世の中を 夢なりけりと 思いざりけり
真田信之 辞世
真田昌幸の嫡男で、信繁(幸村)の兄。天正十三年の第一次上田合戦では、父が上田城で徳川勢を迎え撃つ間に戸石城を守り、敗走する敵の横腹を突いて勝利を決定づけた。のちに徳川家の重臣・本多忠勝の娘(小松姫)を妻に迎え、徳川方の大名となる。関ヶ原の際には下野犬伏で父・弟と袂を分かって東軍につき(犬伏の別れ)、戦後は自らの戦功に代えて父と弟の助命を嘆願し、二人を死罪から救った。父の旧領上田を与えられ、名を信幸から信之へと改める。元和八年に信濃松代へ移され、松代藩の礎を築いた。晩年は幾度も隠居を願い出たが、幕閣に「天下の飾り」と慰留されたと伝わる。万治元年、九十三歳で没した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1585天正十三年
第一次上田合戦
戸石城から打って出て、敗走する徳川勢の横腹を突いた。
第一次上田合戦 兵 800 3Dで見る › 昌幸の嫡男。北東の尾根の戸石城に入り、城下で崩れた徳川勢の横腹へ駆け下りて、総崩れを決定づけた。のちの真田信之。 PR「第一次上田合戦」の本を探す楽天で探す
- 1600慶長五年
犬伏の別れ
父・弟と袂を分かって東軍につき、戦後は二人の助命に尽くした。
- 1622元和八年
松代へ
上田から信濃松代へ移り、松代藩の礎を築いた。
- 1658万治元年
九十三歳で没す
戦国の世を知る最後の世代として、松代で長い生涯を閉じた。