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曹操軍 ・ 張(魏)

張遼

ちょうりょう

五子良将ごしりょうしょう

呂布の旧臣で、下邳の陥落後に曹操へ降って厚く用いられた。武勇と統率を兼ね、官渡から各地を転戦する。合肥の戦いでは八百の決死隊で孫権十万を急襲して城下まで迫った敵を退け、「遼来来(張遼が来るぞ)」と泣く子も黙ったと伝わる。

異名
「五子良将」
官位・役職
前将軍ぜんしょうぐん / 仮節かせつ
領国・本拠
陣営
曹操軍
生没
169–222(享年54)

生涯

  1. 建安五年 曹操に降る 呂布の滅亡後に曹操へ降り、その将として頭角を現した。
  2. 建安二十年 合肥の奇襲 八百の兵で孫権の大軍を急襲し、寡兵で合肥を守り抜いた。
  3. 黄初三年 陣中に没す 病をおして呉軍を破った後、江都の陣中で世を去った。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 官渡の戦いかんとのたたかい 後漢 建安五年 兗州 官渡 曹操配下の猛将。烏巣の夜襲で先頭に立ち、淳于瓊の守りを突き崩して兵糧庫に火を放った。 兵力 2,000名 観る ▸
  2. 赤壁の戦いせきへきのたたかい 後漢 建安十三年 冬 荊州 長江・赤壁 魏の猛将は殿軍を務め、燃える烏林から曹操を逃した。後の合肥で呉を震わせる男である。 兵力 15,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 合肥(中国)