呉軍陸(呉)
陸遜
りくそん
「書生の大都督」
183–245(享年63)
- 官位・役職
- 大都督 / 丞相
- 領国・本拠
- 呉
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
呉の名族陸氏に生まれ、孫策の娘を娶った。呂蒙に才を認められ、関羽討伐では呂蒙の後任を装って関羽を油断させ、荊州奪取の一翼を担った。章武二年、劉備の東征軍が迫ると三十九歳で大都督に任じられる。「書生に何ができる」と侮る老将たちを剣を手に抑え、半年の持久ののち火攻めで七百里の連営を焼き払い、蜀軍を壊滅させた。追撃を止めて魏の介入を防ぐ判断も的確であった。以後、石亭で魏の曹休を破り、丞相に上る。しかし晩年、太子をめぐる「二宮の変」で孫権の疑いを受け、憤りのうちに世を去った。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 219建安二十四年
荊州奪取
呂蒙の後任を装って関羽を油断させ、荊州奪取の策を成功させた。
- 222章武二年
夷陵の戦い
三十九歳で大都督となり、火攻めで劉備の連営を焼き払った。
夷陵の戦い 総大将 兵 30,000 3Dで見る › 呉の大都督。三十九歳の若さで諸将の侮りを抑え、半年の持久ののち火攻めで蜀の連営を焼き払った。追撃を止めて魏の介入を防いだ判断も見事であった。 PR「夷陵の戦い」の本を探す楽天で探す
- 228黄武七年
石亭の戦い
魏の曹休を大破し、呉の北辺を固めた。
- 244赤烏七年
丞相
呉の丞相に任じられる。
- 245赤烏八年
憤死
太子をめぐる争いで孫権に疑われ、憤りのうちに没した。